2025年5月、ウォルト・ディズニー・カンパニーは、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビに世界で7番目となるディズニー・テーマパークを建設する計画を正式に発表しました。中東地域では初となるこのプロジェクトは、単なるアミューズメント施設の開発にとどまらず、UAEの観光戦略や経済多角化にとって大きな意味を持つ一大事業です。
今回は、アブダビにおけるディズニー・テーマパーク建設の背景と内容、そしてそれがもたらす経済的影響と課題について、多角的に分析します。
アブダビのディズニー・テーマパーク建設プロジェクトの概要
ウォルト・ディズニー・カンパニーが発表したアブダビのテーマパーク建設は、既存のリゾート開発と連携しながら、観光資源を最大限に活用した総合的なプロジェクトです。
場所とパートナー
建設予定地のヤス島は、アブダビの海沿いに位置し、観光・エンターテインメント施設が集中する注目のエリアです。すでにフェラーリ・ワールドやワーナー・ブラザース・ワールドといった国際的に知られる施設が稼働しており、年間数千万人の観光客を迎え入れています。
この場所に新たにディズニー・テーマパークが加わることで、地域全体のブランド価値が高まり、観光業における国際競争力も大幅に向上するでしょう。
プロジェクトの建設および運営は、アブダビの政府系開発会社ミラル(Miral)が担い、ウォルト・ディズニー・カンパニーはパークの設計および運営監修を担当します。このようなパブリック・プライベート・パートナーシップは、近年のUAEの大型開発案件で見られる枠組みです。
開業時期と提供内容
具体的な開業時期はまだ確定していませんが、ウォルト・ディズニー・カンパニーCEOのロバート・アイガー氏によると、設計に18~24ヶ月、建設に約5年を要するとの見通しが示されています。したがって、開業は2030年ごろになると予測されます。
テーマパークの内容は、ディズニーの象徴的なキャラクターやストーリーを軸にしつつ、UAEの文化や建築様式を融合させた、革新的な没入型体験を提供するものになる予定です。現代建築や最先端の技術を駆使し、従来のパークにはない体験型アトラクションやデジタル要素も取り入れるとされています。併設される宿泊施設、レストラン、ショッピングモールなども、高付加価値を備えた複合型施設として開発されます。
想定される経済効果
このディズニー建設プロジェクトによって、年間1,000万人を超える観光客の来訪が見込まれており、地域の観光収入の大幅な増加が期待されています。また、建設・運営を通じて2万人規模の雇用が創出されると見られています。建設労働者、施設スタッフ、サービス業従事者など、幅広い分野に及び、地域社会への直接的な貢献が期待されます。
ディズニーにとっては2016年に開業した上海ディズニーランド以来の新規パーク建設となり、グローバルブランドの戦略展開としても注目されるプロジェクトです。UAE政府も、観光立国を目指す国家ビジョンの重要な柱としてこの計画を位置づけています。
背景としてのアラブ首長国連邦(UAE)の経済発展
ウォルト・ディズニー・カンパニーが次のテーマパーク建設地にアラブ首長国連邦(UAE)を選んだのは、同国のめざましい経済発展があったからに他なりません。
UAEは、1971年の建国以降、石油・天然ガスに依存することで急速な経済成長を遂げてきました。しかし、近年では石油資源への依存からの脱却を目指し、経済の多角化を進めています。観光、航空、不動産、テクノロジー、金融など、非石油セクターの成長が加速しており、今回のディズニープロジェクトもその文脈の中にあります。
アブダビの経済的役割
アブダビはUAE全体のGDPの約60%を占め、同国最大の経済圏を形成しています。石油・天然ガスの生産においても、UAEの90%以上を担い、世界第6位の石油埋蔵量を有する安定的な収益基盤を持っています。
その一方で、非石油部門の成長も顕著です。2024年には非石油GDPの成長率が6.2%を記録し、観光、不動産、テクノロジーなどのセクターにおいても国際的な競争力を強化しています。アブダビ投資庁(ADIA)などのソブリンファンドの存在は、こうした大型プロジェクトへの資金供給を可能にしており、国家経済の戦略的運用に大きな影響を与えています。
ドバイの経済的役割
一方のドバイは、もともと石油収入への依存度が低く、観光や貿易、金融、不動産を中心に発展してきた都市です。ドバイモールやブルジュ・ハリファといったランドマークは世界中の観光客を魅了し、2024年の観光客数は1,800万人を超えました。
交通インフラの整備も進んでおり、ドバイメトロやエミレーツ航空のネットワークは、地域経済の動脈として重要な役割を果たしています。過去には2009年のドバイ・ショックという経済危機を経験しましたが、その際にはアブダビの支援によって安定を取り戻し、現在では堅調な経済成長を続けています。
ディズニー・テーマパーク建設がUAE経済に与える影響
ディズニーのアブダビ進出は、UAE全体の経済成長にとって重要な転換点となり得ます。観光産業の強化、経済の多角化、不動産市場への波及など、複数の分野に影響を及ぼすと考えられています。
観光産業のさらなる強化
ヤス島に位置するディズニー・テーマパークは、すでに観光施設が充実している同島に新たな集客要素を加えます。フェラーリ・ワールド、ワーナー・ブラザース・ワールド、そして2023年に開業したシーワールド・アブダビと並び、世界有数のレジャー集積地としての地位を確固たるものにします。
UAE政府は、アブダビの観光客数を2030年までに年間3,900万人以上に引き上げる目標を掲げており、ディズニー・テーマパークの存在はその達成を後押しする大きな要素になると見られています。
経済の多角化と脱石油依存
ディズニープロジェクトは、非石油産業への依存を強化するUAEの経済戦略を象徴する取り組みです。建設、運営、観光関連事業などの分野で新たな雇用が創出され、地元経済への貢献が見込まれます。また、ディズニーブランドがもたらす国際的な注目度は、外国人投資家の関心を集め、他産業への波及効果も期待できます。
ドバイとアブダビの経済的シナジー
アブダビとドバイは、互いに異なる強みを持ちながらUAEの経済を支え合っています。ディズニー・テーマパークがアブダビの観光資源として機能する一方、ドバイの空港や宿泊施設が来訪者の玄関口として連携し、国内の観光インフラ全体が活性化します。こうした地域間の相互補完関係は、UAEの持続可能な発展モデルの中核をなす要素です。
不動産市場へのプラスの影響
ディズニー建設の発表後、ヤス島周辺では不動産価格の上昇や新規開発計画の動きが活発化しています。投資家からの関心が高まり、住宅・商業用物件の需要が拡大しています。
2024年にはアブダビ全体の不動産投資総額が5,620億ディルハム(約22兆円)と過去最高を記録し、空室率も5%以下と低水準を維持しており、今後も堅調な市場成長が期待されています。
航空インフラや道路整備も進んでおり、観光客の移動の利便性の向上が見込まれ、地域経済の好循環を生み出すでしょう。
ディズニー・テーマパーク建設の課題
アブダビにおけるディズニー・テーマパーク建設は、経済的・観光的に多くのメリットがある一方で、複数の課題も指摘されています。これらの課題を事前に把握し、計画的に対処することが、プロジェクト成功の鍵を握ります。ここでは、重要とされる3つの課題について解説します。
- 開業時期の不透明性
- 競争の激化
- ディズニーの世界観との文化的ギャップ
開業時期の不透明性
ディズニー・テーマパークの建設には長期的な時間を要します。CEOのロバート・アイガー氏が示した設計18~24ヶ月、建設5年というスケジュールを考慮すると、開業は2030年前後となる見通しです。これは、プロジェクトに携わる企業や投資家にとって、資本回収までの期間の長期化を意味します。
この期間中に、経済状況や地政学的環境が変化する可能性も否定できません。たとえば、原油価格の変動やトランプ政権絡みの経済的混乱、さらには中東地域の地政学的リスクの顕在化など、外的要因が進捗に影響を与える可能性が存在します。
プロジェクトが遅延した場合、建設コストの増大やブランドイメージへの影響も懸念されます。過去の事例を見ても、大型テーマパークの建設には予期せぬ障害が多く発生しやすい傾向にあります。上海ディズニーランドも開業が当初の予定より遅れた経緯がありました。
開業までの長期スパンと不確実性の高さは、短期的な経済効果の限定性につながると同時に、政策立案や企業戦略において慎重な対応を求められる要素となっています。
競争の激化
現在、中東地域では複数の国が観光分野における国際競争力の強化を目指して大規模な投資を進めています。特に注目されるのが、サウジアラビアが進める「キディヤ(Qiddiya)プロジェクト」です。
これは首都リヤド近郊に建設される世界最大規模のエンターテインメント・スポーツ・文化都市で、テーマパーク、F1サーキット、アート施設、ショッピングモールなどを含む包括的な都市開発計画です。
キディヤ・プロジェクトは、ディズニー・テーマパークと同様に外国人観光客や家族連れをターゲットにしており、開業後は中東地域内での観光客の奪い合いが予想されます。加えて、サウジアラビアは2030年までに年間1億人以上の観光客誘致を目指しており、国家戦略として観光産業を強化しています。資金力と国策による後押しのある競合国の存在は、UAEにとって看過できない脅威です。
UAE国内でも、ドバイはすでに多くの観光施設を有しており、国内競争という側面もあります。アブダビとドバイの協調が不可欠となる一方で、各都市が独自の観光資源をどのように差別化し、ブランド価値を高めていくかが重要なポイントになります。
このような競争環境において、アブダビのディズニー・テーマパークが中長期的に魅力を維持し続けるためには、単なるディズニーブランドの導入にとどまらず、現地の文化や体験と深く結びついた革新的なコンテンツの提供が求められます。
ディズニーの世界観との文化的ギャップ
ディズニーは、アメリカ発祥のグローバル・エンターテインメント・ブランドであり、その物語やキャラクターは世界中の子どもたちに愛されています。しかし、イスラム文化圏であるUAEにおいては、ディズニーの世界観と現地の宗教的・文化的価値観との間に一定のギャップが存在することも事実です。
イスラム文化では、宗教的教義に基づいた服装や食事、性別の役割など、社会的規範が明確に定められています。ディズニーの一部コンテンツには、欧米的な価値観や恋愛表現、さらには魔法や異教的モチーフなどが含まれており、これが一部のイスラム教徒にとっては違和感や懸念の対象となり得ます。
そのため、ディズニー・テーマパークの設計・運営においては、現地文化との調和が極めて重要です。たとえば、パーク内の飲食店ではハラール認証を取得した食品の提供が求められるほか、礼拝スペースの確保やラマダン期間中の営業時間の調整といった、宗教的配慮が必要不可欠です。
また、ショーやパレード、キャラクター衣装のデザインにおいても、肌の露出やジェンダー表現に配慮するなど、ローカライズが求められる場面は少なくありません。これまでの成功例としては、上海ディズニーランドが中国文化を反映したキャラクター演出を導入したように、アブダビにおいてもUAEの伝統や民族性を尊重した演出が期待されます。
もし文化的配慮を欠いた運営が行われれば、現地住民や宗教指導者からの反発を招く可能性があり、長期的なブランドイメージの低下やビジネスリスクにもつながりかねません。したがって、文化的ギャップを埋めるための丁寧な対応と、地元とのパートナーシップ構築が成功のカギとなります。
まとめ
アブダビに建設されるディズニー・テーマパークは、UAEの経済戦略にとって重要な象徴的存在です。観光資源の強化、雇用創出、投資促進、不動産市場の活性化など、数多くの経済的恩恵をもたらすことが期待されています。
一方で、文化的な調和や地域間競争などの課題にも十分な配慮が必要です。ディズニーのグローバルブランドとUAEの文化的背景が融合し、真に革新的なテーマパークとして結実するかどうかが、今後の注目ポイントとなります。 UAEが「アラブ世界のエンターテインメントハブ」としての地位を確立するかどうか、このプロジェクトの成功にかかっているといっても過言ではないでしょう。